「イラン戦争と今後の国際関係」
田中均氏は講演の冒頭、今回のイラン戦争を「誰も勝者にならない愚かな戦争」と位置づけ、その背景にはイスラエルの強い安全保障上の危機感があると述べた。イスラエルは2000年代初頭から、イランに核兵器を持たせないことを国家戦略の中心に据えてきた。イランがIAEAへの申告を偽り、秘密裏に核開発を進めていた過去が明らかになったことで、イスラエルはイランを信用できないと考え、軍事行動を辞さない姿勢を維持してきた。しかし実際には、アメリカが軍事行動を抑制し、外交による解決を優先してきた。2015年の核合意(JCPOA)はその成果であったが、イスラエルは不満を抱き、トランプ政権は合意から離脱した。
その後、アメリカとイスラエルはイランへの軍事圧力を強め、昨年の奇襲作戦ではイラン指導層に大きな損害を与えた。しかしイラン体制は崩壊せず、むしろホルムズ海峡を「石油を人質に取る」形で対抗し、世界経済に深刻な影響を与えた。アメリカは中東に十分な軍事力を展開できず、イラン封じ込めは困難になっている。イランは石油供給を止める能力を示し、アメリカの脅しにも屈しない姿勢を見せたため、戦争は短期決着が見込めず、長期化する可能性が高い。
田中氏は、日本外交の不在を強く批判した。日本は中東で植民地支配も戦争もしておらず、独自の信頼を築いてきた。アメリカとイランの双方と対話できる立場にあり、本来は仲介外交を発揮できるはずだった。しかし現政権はリスクを恐れ、電話会談程度にとどまり、実質的な外交努力を行わなかった。日本が持つ自律的外交の可能性を活かせていないことを「宝の持ち腐れ」と述べた。
続いて田中氏は、イラン戦争後の国際秩序について三つの変化を指摘した。第一に、中東のさらなる混迷である。アラブの春や米軍撤退、シェール革命により、中東の安定を支えてきた「先制体制」「アメリカの軍事力」「石油の戦略性」という三本柱が崩れた。イスラエルは軍事力で安全保障環境を作り替えようとしているが、イランは石油とホルムズ海峡を leverage として対抗し、地域は長期的な不安定化に向かっている。
第二に、アメリカ国内の分断の深刻化である。イラン戦争はガソリン高騰とインフレを招き、トランプ政権の支持率を押し下げた。戦争が続けば続くほど、共和党と民主党の対立は激化し、政治的混乱は長期化する。
第三に、米欧関係の悪化である。トランプ政権の「アメリカ第一主義」により米欧関係はすでに揺らいでいたが、イラン戦争はその決定打となり、NATOの弱体化や欧州の政治的分裂を加速させている。