山本善心の週刊「木曜コラム」    今週のテーマ     南シナ海対中有事シナリオ

2011年12月08日

いま、南シナ海に進出する中国の脅威にアジア各国は危機感を強めている。一方的に領有権を主張する中国と東アジア周辺諸国との間で対立が深まっているからだ。さらに言えば、中国は南シナ海の南沙諸島でアジア各国に対し、海洋権益確保を宣言し、「核心的利益」と位置づけた。しかも、南シナ海は日本のシーレーン(海上交通路)であり、米国の国益と合致する軍事拠点でもある。

わが国周辺でいえば、中国は尖閣諸島の領有権を主張した。しかも昨年9月尖閣諸島沖で起きた中国漁船の突撃事件は対日宣戦布告だ。中国漁船が海上保安庁の巡視船に激突する場面をテレビで見たが、日本側は中国の領海侵犯に武力行使ができず、警告で呼びかけるしかできない。現行犯で逮捕した船長も数日後に釈放した。

ある海保幹部は「中国が大量の漁業監視船を尖閣付近に集結させ、上陸を敢行すれば日本側は手出しできないだろう」と語っている。さらに同幹部は「尖閣周辺の軍事力の規模と数で中国側の造船拡大計画に太刀打ちできない」とあきらめ気味だ。

インドがベトナムと共同開発

南シナ海問題で威嚇する中国に対して周辺諸国の危機感が増すなか、インドが加わってきた。例えば、ベトナムは中国と南沙諸島で領有権問題を抱えているので、これまで米国やロシアにも共同開発を呼びかけるなど他国を巻き込む構えだ。

たとえば、インド国営の石油天然ガス公社とベトナム国営ペトロベトナムとが共同でベトナム沖の鉱区で共同開発契約を結んだ。これに対して、中国の報道官は激しく反発し、「南シナ海の全域は中国の領有権であり、中国の管轄である」と語気を荒げた。中国は尖閣の場合もそうだが、勝手に固有の領土であると主張する。そのうえで軍事力を盾に威嚇すれば相手が恐れおののき、必ず譲歩するとの前提のうえで領土の既成事実化を狙ってきた。

しかし、したたかなのはインドである。インド外務省の報道官は「インドの共同開発は国際法に基づいている」と応酬した。インド側はさらにハノイでベトナム外相と安全保障、通商、経済面で二国間協力を行うとの共同宣言を発表した。

中国のインド洋進出に警戒

7月、南シナ海を航行中のインド海軍艦艇は中国軍から「ここは中国の領海内だ」と警告を受けた。インド海軍艦船は中国側の警告を全く無視したうえで、インド政府は「ベトナム側の許可を得た」と回答した。なぜ、ここに来て、インドが南シナ海にやってきたのか。これは中国が南シナ海から次はインド洋海域に進出し、中印が紛争地域となる前の牽制だ。

中国の狙いは南シナ海にとどまらない。すでにインド洋に面したミャンマー、スリランカ、パキスタンなどとの港湾建設などにも資金や技術を提供している。そのほか、ソマリアの海で協力体制を組み、中国海軍艦船はパキスタンと共同訓練も行ってきた。さらに2008年からは港湾建設に協力した国々に中国艦船を寄港させるなどインド洋では着々と万全の布石を打っている。

このような状況下で、南シナ海周辺諸国は東シナ海のガス田で中国に屈した日本に落胆している。しかもベトナムは経済・軍事大国である日本が中国に媚びる外交姿勢を見て一層懸念を示した。その一方で、ベトナム海軍は強力な海上自衛隊に対し、艦船補修指導のみならず、軍の教育訓練にも協力を要請している。

中国の覇権主義は資源確保の手段

中国の全国人民代表大会で2011年の国防予算案は前年対比12.7%増の6011億元(約7兆5千億円)と発表。海洋軍事強国を目指す、中国海軍に予算の大方が割り当てられた。これに対して中国側は「あくまで防衛的な国防対策を進めているだけだ」と弁解するが鵜呑みにする人はいない。

一方で軍のシンクタンクである中国軍事科学院が南シナ海の戦略研究結果をまとめた。「中国は平和的な話し合いができなかったり、武力により海洋権益が侵害された場合、自衛的な武力行使をいとわない。今後空母や新型原子力潜水艦の建造を進め、第二砲兵による抑止力を強化しなければならない」(2011年3月5日付朝日新聞)

中国一国の経済成長と国内統治には資源確保が不可欠だ。南シナ海に眠る鉱物資源や食糧確保は中国共産党の生存がかかっている。

見えない米国の対中戦略

中国側のなりふり構わぬ態度に南シナ海周辺諸国は危機感を募らせる中、日本国政府は中国の言いなりを是とする事なかれ主義だ。たとえば、大量の漁船がやってきたら手の打ちようがあるのか。国民は心配している。

しかし、尖閣を巡る日本の防衛は世界の警察官である米軍と協議を重ねてきた。一つは大群の漁船で上陸を敢行した場合、二つは中国海軍が尖閣を封鎖した場合である。わが自衛隊は専守防衛で死守することになるが、米軍も関与してこよう。これは中国にとって威嚇とパフォーマンスの演技で終わるのではないか。

米中軍事力の攻防

一方、中国は南シナ海で軍事力を背景にした実効支配の既成事実化に舵を切った。しかも、中国の戴秉国・国務委員は2010年3月、訪中した米政府高官に南シナ海が中国にとって最大の「核心的利益にあたる」と伝えている。つまり、米国の介入は許さないというわけだ。

以来、中国の南シナ海における動きは活発となり、3月にはフィリピン石油探査船を妨害。5月ベトナム漁船に発砲、6月ベトナム資源探査船のケーブル切断、同月、フィリピンの領海侵犯等、摩擦が相次いだ。一方、東シナ海は中国艦艇がわがもの顔で航行する。

中国は、緊張時の米空母派遣に対抗する切り札として開発中の新兵器、対艦弾道ミサイル(ASBM)が完成した。これでは米空母も緊張時、台湾近海に近づくことが難しくなる。この中国ミサイルは潜水艦と並んで米海軍が最も恐れる最新兵器だ。

拡張中国に日米の打つ手はあるか

さらに中国ミサイルは日本の三沢、横田、嘉手納など米軍基地、韓国の烏山、群山両基地が有事の際は破壊される可能性が高い。これら中国の攻撃による基地使用不能は想定内のことだ。米側は対中新戦略を打ち出す対抗策が秘かに練られている。沖縄はすでに中国側の射程内にあり、もし沖縄が奪われたら、いかにして失われた沖縄を取り戻すかの議論は既に日米で始まっていると聞く。

米戦略・予算評価センター(CSBA)の資料によると中国攻撃シナリオは以下の通りである。 ①米国の通信・情報ネットワークを分断するため、衛星を破壊、あるいはその通信を妨害する。同時に電子、サイバー攻撃を行う ②前方展開基地、空母、兵站(へいたん)拠点など米軍および同盟国の標的を精密誘導ミサイルで一斉攻撃 ③米空母は対艦弾道ミサイルと潜水艦で破壊されるか、リスクを避けて艦載機の作戦行動範囲外の遠方にとどまる。中国軍は航空優勢、海軍の作戦行動の自由を獲得する」(朝日新聞編集委員・加藤洋一)

今後中国の軍備増強は自らが墓穴を掘るに等しい。今後南シナ海で各国との軍備競争になれば中国はかつてのソ連と同じ運命になろう。ソ連は軍備競争で米国に敗れたからだ。

中国の膨張封じる米軍

しかし、中国人は戦争で形勢が悪くなると兵士が逃げ出す過去の例もある。米軍が強気に出てくると突然中国の態度が豹変するが、強い相手に弱く、弱い相手にどこまでも居文高な民族なのだ。米国は本気になると戦争になるが、これは米国世論とアジア諸国の協力次第である。しかし、米中が直接対決する確立は百分の一だ。

先月インドネシアのバリ島で開かれた東アジアサミットで、米中間の激しい綱引きがあった。オバマ米大統領は南シナ海の安全保障に言及し、領有権問題で他国を威嚇する中国の態度に懸念を示している。のみならず参加18カ国中、16カ国が中国のやり方に批判的であった。カンボジアとラオスは中国に配慮して沈黙を守ったのである。温家宝首相は突然スマイル外交に変わった。

いまや中国の膨張主義に身構える周辺諸国が中国に対抗する軍備増強に動き出した。フィリピン、ベトナムは潜水艦の購入やF-16戦闘機を検討中だ。米軍はオーストラリアに海兵隊3350名を派兵すると発表。米国はわが国の真珠湾攻撃から始まり、日米戦争、イラク、アフガニスタン、ベトナム等々豊富な戦争経験を持つ世界最大の軍事大国だ。米国はイラク、アフガニスタンから撤退し、兵力兵員の大半を東・南シナ海の対中パワーゲームに充てる構えである。中国をめぐる様相は今後米国の出方次第で一変しよう。

次回は12月15日(木)