2023年8月9日「政民東京會議」講師/石破 茂 自由民主党元幹事長

2023年08月09日
  

           「外交・安保 今、なすべきこと」   

 

  (講演当日の)8月9日は長崎への原爆投下があった日だが、同時に、メディアは触れないが、ソビエトが日ソ中立条約を破って日本に参戦した日でもあることを忘れてはならない。戦後、ソビエトは65万人もの日本人を強制的に抑留し、うち6万人が寒さと飢えで命を落とした。ロシアがウクライナに攻め込んだことに最も反応すべきなのは、かつて同様な目に遭った日本であるべきではないか。

  日本に原爆が投下されることになったのも、日本の敗戦はソビエトの参戦で決まったわけではないこと、米国の力を誇示し、戦後の秩序は自分たちが決めるということを世界に示すという米国の意図があったと私は考えている。

  日米同盟は我が国にとって重要だが、履行すべき義務がまったく異なる非対称条約であることは、今後の持続可能性を危うくする。日本が独立主権国家としての立場を確立するためには、これを対称的にしなければならないし、そのためにも憲法改正が不可欠だ。

  人類の歴史は、領土、宗教、経済、民族などを巡る戦争の歴史であった。北方領土、尖閣諸島がわが国の領土問題として取り沙汰されているが、これらがなぜ日本の領土であるか、正確に理解し、明確に説明できる国民も、国会議員も少ないのではないか。一方、韓国では竹島を自国の領土 “独島”として広く認知させ、歌まで作っている。

  排他的な領土・領域を有し、アイデンティティを共有する国民がおり、統治体制が確立していることが主権国家の3要件だ。私が外国人参政権に反対の立場を採るのは、その国の統治をするのはその国の国民でなければならず、その国の統治に他の国に忠誠を誓う人が参画することがあってはならないとの考えからだ。外国人の人権も最大限に保障すべきだが、この自治権については譲れない。

  経済間格差も大きくなれば戦争の火種になる。冷戦時に世界的な大戦争がなかったのは、核兵器やミサイル、人工衛星の開発などで米ソ、東側と西側の力が拮抗していたために戦のネタが顕在化しなかったからだ。その後、ソビエトが崩壊して冷戦が終わり、力のバランスが崩れた。そして戦のネタが一気に顕在化したことで、湾岸戦争、コソボ紛争、イラク戦争などの戦争が起こり、9・11など社会体制を脆弱化させて国家を転覆させようとするテロ行為も増えた。21世紀のテロが怖いのは、従来では国家しか持ちえなかった強大な破壊力をテロ集団が持つに至ったことだ。主体が国家ではないので、国連の統制も効かない。

  ロシアのウクライナ侵攻は、国連の常任理事国、つまり第二次大戦後の世界秩序を維持する側であり、かつ核兵器保有国でもあるロシアが戦争を仕掛けたという点で、これまでにないことが起こったと言える。ロシアの財政事情は日本よりはるかに健全で、ルーブルは暴落せず、むしろ上がっている。兵力についても、ロシアは平均給与の約5倍という破格の給与額で兵士を募り、兵役後は優先的に公務員に採用するなど厚遇している。また、今回の戦争を、ナチス・ドイツと戦い2700万人もの犠牲者を出した先の大戦に続く“第二次大祖国戦争”と位置づけ、本気度を強調している。ロシアには武器弾薬も豊富で、当面戦争が終わる気配はない。  

  ウクライナの次は台湾有事、とわが国の防衛費増額を自然の成り行きと捉える向きも多いが、日本の自衛隊には長年実戦経験がなく、陸海空の連携も未知数。有事に備えた綿密なシミュレーションと、防衛費の増額分をどこに配分して全体の抑止力の飛躍的な向上を図るか、十分な議論が必要だ。

  石破氏はソビエト崩壊や北朝鮮のミサイル開発の背景について解説。金日成80歳を迎えた1992年に訪朝し、徹底した反日、個人崇拝、マインドコントロールに驚いたことにも言及した。また、現在の北朝鮮とロシアの関係性、中国とロシアの北朝鮮に対する微妙な立場の違いにも触れ、「北朝鮮が暴れることによって、米国の力がウクライナと北東アジアに分散するのは、むしろ中国にとって都合がよい」との見方を示した。「ロシア、中国、北朝鮮による反米同盟が形成されつつあることを認識しておくべき」と述べた。