主張

偽りの「戦争と女性の人権博物館」

5月18~20日まで「日韓アジア会議」がソウルで開催された初日は、講演会が開かれ、私の大学時代の学友である延世大学政治経済学教授の柳相榮氏と産経新聞ソウル在住特別記者の黒田勝弘氏が演壇に立った。
「慰安婦」問題については、日本国内でも「日本軍が朝鮮女性を強制連行したのか」というのが焦点となっている。しかし、いまやこの問題に関心のある学 者、研究者の間では、次々と当時の新聞広告やその他資料が見つかり、韓国側が主張するような、日本軍が朝鮮女性を強制連行したという事実と根拠は作り話であることがはっきりしてきた。日本政府の調べでも強制連行という資料は一通も発見されなかった。
日本軍の規律の厳しさ、軍律の厳しさは世界の中でも英国軍でさえ感心したほどで、当時を知る人たちは、絶対にありえないことだと言う。にもかかわら ず、この問題を未だ引きずっているのは、結局のところ、平成5年8月4日、宮沢内閣で河野洋平官房長官が韓国側の圧力に屈して日本軍が朝鮮女性を強制連行したことを認める「河野談話」を発表したのがすべての発端となっている。
当時は、農村において貧しい人たちが、生存していくために娘を売ったという事実がある。これは日本でも韓国でもあったことだ。一方、軍人らがむやみに民間人に手を出さないよう慰安所を置いたのも事実だ。そこへ高給を稼げるとあって生活苦の女性が集まってきたのも当時としては何ら不思議ではなかった。 しかし、軍人が増強されるに従って“娘”が不足、そこで仲介業者が現れた。事実、いまの求人広告とさほど変わらない形の新聞広告が研究者らによっていく つか発見されている。
このようなことがあっても、日本軍は慰安婦の性病が軍人たちにうつらないように慰安婦に対して検査をするなど、女性側も安心して稼げる場所であった。 間違っても、「強制連行」にかかわったという事実と根拠は見当たらない。
話を「日韓アジア会議」に戻そう。翌日、韓国で観光した面々は「戦争と女性の人権博物館 通称: 従軍慰安婦博物館」を見てきた。ここでは、当時の慰安婦女性に対して、日本軍がいかにも朝鮮女性を強制連行したかとカモフラージュするかのように、実名 入りの慰安婦女性の写真が何枚か飾ってあった。そして、博物館の壁には、「同じ苦しみを味わった女性たちの希望になりたい」「たった一言でもいいから心のこもった謝罪の言葉を聞きたい」など、石に彫って日本語で書かれたメッセージが何枚か飾られていた。おそらく、「慰安婦」問題について何も知らない韓国人たち(日本人も含めて)が、この博物館を訪れたら、当時いかに日本軍が朝鮮女性に対してひどいことをしたかと思うに違いない。「強制連行」したという事実と根拠がなくてもだ。実におかしな博物館との印象を受けた。
今回の「日韓アジア会議」は韓国の政治・経済の実情、慰安婦問題をめぐる日韓関係など、和気藹々のなかにも、実に有意義な時間を過ごすことができた