主張

「日本の美徳は我慢強さにある」 

 韓国から知人が訪ねてきた。いま韓国では離婚率が世界の上位にあると言う。私はその知人に「なぜ韓国では離婚率が高いのですか」と尋ねた。「お互いに我(が)が強いからだ」という答えが返ってきた。私は内心、ああ儒教の韓国でもそうなってきたかと思いつつ、その話は打ち切った。しかし、なぜかこの話が頭から離れず少し考えてみた。

そもそも人間はそれぞれ我が強いのは当たり前で、夫婦生活においてそれを我慢するのが、最も大切でないかと常々思っていた。結局、我慢ができないから離婚してゆくのである。いま芸能人を始め離婚カップルのなんと多いことか。例えば、価値観が違うから離婚したという。お互い環境が違う家庭で育っており、価値観が違っているのは当たり前だ。

かつての日本人は「忍耐」「我慢」が美徳であった。今でも諸外国からは、忍耐強い国民と見られている。NHKの連続テレビドラマ「おしん」が海外でも大ヒットした。25年間で60か国以上で放映され、今も各国で再放送されているという。今回の東日本大震災においても、日本では暴動も起きず、秩序正しさが世界から称賛された。これらはどこから生まれてきたかと言えば、まさしく「忍耐」と「我慢」強さが根底にある、人を思いやる優しさであろう。

ところが、最近では「忍耐」と「我慢」強い日本人が激減している悲しい現実がある。冒頭の離婚の例をみるまでもなく昔の日本人なら誰もが持ち合わせていた我慢強さが急激に薄れてきている。「おしん」の時代に比べ、国が豊かになり自由になり過ぎた副作用からか、言いたい放題、わがまま一杯に育っているため、自分の思うがままにしか行動できない人間が増えてきたのだろう。だから、「忍耐」や「我慢」のできない人たち、それどころか、人に合わせることすらできない人たちが大量生産されているのである。

ところで、この「忍耐」「我慢」は人間に何をもたらすのか。いまや日本人は辛抱強さが希薄となり、ちょっとした困難にぶつかるとすぐに怒ったり悲鳴を上げてしまう。ややもすると、自分が何かを成そうとしてうまくいかないと、すぐに投げ出してしまうとか、それらはすべて人の責任にする人が少なくない。これでは、何かあったときに自分を反省し、辛抱する力はおろか精神的な成長すら消え失せる。忍耐、我慢、辛抱強さがなければ、何事においても根無し草にならざるを得ない。残念ながら最近の日本人を象徴しているように思えてくる。

今の日本は国家、社会、家族という共同体がバラバラに解体されつつある。われわれ経営者は、忍耐、我慢、辛抱強さという財産を改めて思い直してみることが問われていまいか。