主張

「リーダーの人生哲学」 

誰しも何人かの尊敬する人物をもっていると思う。私にとって李奎浩氏(韓国人)がその尊敬する人物の一人である。李氏は、若かりし頃ドイツの大学で博士号を取得。韓国に戻ってから延世大学哲学科教授を経て、大学総長、統一院長官、文教部長官、駐日大使をされた方で、全斗煥元大統領が最も尊敬する知恵袋であった。その李氏と私とは家族ぐるみのお付き合いがあり、李氏が来日される時には私は必ずお供をした。全斗煥元大統領とも何度かお目にかかる機会を得たが、息子さんとは酒を酌み交わす仲でもあった。  李氏の印象は、「倫理道徳の教科書」という一言につきる。いまや情報化時代の真っ只中、科学技術の発展と物質文明がかつてない進歩を遂げた反面、人間の精神性が失われていくさまを深く嘆いておられた。そして、李氏は私にしばしば「人の道」を説いてくださった。いま私が謙虚さ、素直さ、誠実さ、真面目さ、礼儀、礼節、倫理、道徳に関心を持ち、「人間性が何よりの宝」と考えるようになったのは、すべて李氏のおかげだと感謝している。ちなみに、李氏はどのような立場の人にでも同じ目線で接する、分け隔てのない人だった。 李氏が亡くなる少し前、「新太郎さん、これからは哲学をもって生きなさい」と言われたのが私への最後の言葉で、今も心の中に響いている。現今の日本の政治家のように「口では格好良く哲学を論じても、いざ状況が変わって実行となると簡単に哲学を捨ててしまう、そんな人間にだけはなるなよ」と教えてくださった気がする。これは野田首相のことではない。 さて、7月18日、私は「日台アジア会議」で約1年ぶりに李登輝元総統とお会いした。私は、李登輝氏の次のような言葉が実に印象に残っている。「総統という権力の最高峰に立ったとき、それがどのようなものかを語るとき使うのが『観音山のストーリー』である。台北市郊外の淡水の近くにある『観音山』には学生時代からよく登ったが、総統在任中に、妻、息子の嫁、孫娘と一緒に登ったことがあった。苦労して一キロ前後の坂道を上り、ようやく山頂に着く。そこはたいへん狭い場所で、四方はすべて険しい崖だから危なっかしい。じっと動かないでいても危険な場所に立っていると感じ、恐怖でぞっとする。こうした場所では、誰一人として助けてくれる者はいない。自分以外に頼れるものはない」 つまり、李登輝氏は、危険な立場に追い込まれても、自分の判断と決断以外に頼れるものはないと言っている。言いかえれば、崖っぷちに立たされても自らを奮い立たせる、それに打ち勝つ精神の強靱さが必要だというわけだ。