主張

「私の体験した家族観」

 私は韓国の延世大学の語学堂、大学、大学院で10年間学んだ。韓国の滞在中印象に残ったのは儒教が、思想、制度として根づいていることだった。最近では儒教が薄れてきたことは否めないが…。儒教は家族観の代表的なしきたりとして、年齢が高い人が敬われる社会であるから、親の力は絶大なものだった。子は親に逆らうことがまずなく、たとえば、親が子の結婚に反対したら諦める若者が多いなど儒教的な影響は大きい。子供たちは、兄弟仲良く、兄弟の結婚後には、兄弟の夫婦ともども仲良く交流するのが習わしだ。そこに孫が出来たら、おじいさんとおばあさんを囲んで、子や孫たちが集まるのが習慣となっている。ある大先輩の韓国人が「私には孫が多いので1年間に子の誕生日、孫の誕生日など、年中集まりがあってお金もかかるし大変だ(笑)」と述べていた。もちろん、親戚づきあいも深く、何かあるたびに親戚が集まるのである。一方、最近の韓国では離婚率が高い国となり、世界の上位だ。これは女性の地位が高くなったから、と言われている。つまり、女性の地位が向上して、儒教の家族観にズレが生ずれば、家族崩壊が問題となる社会現象は日本と同じだ。とはいえ、韓国の家族観には日本人が見て羨ましいほど見習うべきところがまだ沢山残っていよう。
その点、日本はどうであろうか。家族全体がバラバラと言っても過言ではない。街を歩いていてもあまりおじいさん、おばあさん、子・孫という家族連れの、のどかな姿を見ることが少なくなった。日本では韓国ほど強く儒教的な家族観が残っておらず、子が親に乱暴な口を利いたり、親が子に馬鹿にされる会話風景も見られる。おじいさんやおばあさんも孫を可愛がるばかりで注意しなくなったためか、逆に孫から馬鹿にされるケースも少なくない。これは、家族だけでなく学校という現場でも同じことがいえよう。つまり、戦後教育が「自由と平等」「人権」なる大合唱が大きな原因だ。親も子も、先生も生徒も同じ人間であり、平等なんだという思想が蔓延し、教育の秩序や権威が成り立たなくなったものである。つまり、家族にしろ学校にしろ、縦の構造がしっかりと成り立たないと規律ある家族社会は保てなくなることを現している。これこそが戦後教育の問題点と言えまいか。一人一人が「家族」や「学校」という「共同体」を大切にし、その絆を深めていく意識を持つことが肝要だと思う昨今である。

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