木曜コラム

山本善心の週刊「木曜コラム」 今週のテーマ     元スパイが語る中国の真実(中)

山本)戦前、日本軍が中国人民に苦痛を与えた、といっていますが、日本人は中国でたくさん殺されたり悲惨な苦痛を味わってきました。私は5歳まで北京にいて、当時、軍医の父から中国での酷い状況について多くを聞かされていました。にも拘わらず、日本政府は、戦前、中国の近代化に貢献し、戦後はODAなど中国の再建に援助してきました。中国人らは「お前たちは悪いことをしたから支援するのは当たり前だ」と一方的に日本人罪悪論を全世界にばらまいています。また日本人の多くがそのように信じてきたわけです。

原)中国と日本は、古代から民間の交流を続けてきました。満州など東北地方は日本との交流は深い関係にありました。戦争が激しかったのは盧溝橋周辺で上層部が自分たちの利益のために起こしたもので、国民とは一切関係ありません。あくまで戦争を起こした張本人は中国内部の権力争いであり、人間の欲望が人民を不幸にしただけなんです。

ODAは、日本人の中にも過去『申し訳なかった』という気持ちとか、発展途上の中国に援助する気持ちがあったからでしょう。中国人はありがたく思うべきですが、そんな気持ちは全くありません。中国政府は日本からの援助を一切公表していません。なにしろ日本は永遠に中国の敵でなくてはいけないわけです。メディアも文化人も自らの名誉のために中国政府に従っていますから、真実を書く人も感謝する人もいないわけです。報道はすべて中国共産党のためのものです。その点を日本人がよく理解していただかないと全てが見えなくなります。

中国残留孤児の真実

山本)さて、1910年頃から日本人の満蒙開拓団が新天地を求めて、気候がよく、土地も豊かな満州に移民しました。これは人口の増加に伴って日本にとって新しい食料基地が必要だったからだと聞いています。

原)1931年頃には東北地方に既に120万人の日本人が住み、日本国民が自由に東北満州に出入りしていました。特に長野県出身者を中心に開拓を進めていたんです。

山本)日本が満州に50万人の移民政策をたてたのが1906年で1932年に満州建国がありました。1952年には100万戸の住宅を建設し、500万人を移民させる計画でしたが、昭和20年にソ連が進駐したために、満州に渡った20数万人の開拓農民が取り残されています。その後11万人は日本に帰国しましたが、残りは現地で殺されたり、孤児になったりしました。その中の孤児の一人が原さんのお母さんでしたね。原さんのお母さんは残留孤児となります。

原)1940年以降、開拓団の男性はほとんどシベリア鉄道建設のために捕虜として強制労働、女性は強姦されたり、亡くなった人も多かった。残りは中国人の嫁として日本人女性が割り当てられました。いままで日本に帰国した中国残留孤児は4万人足らずですが、少なくとも、まだ2~3万人は生きているはずです。

山本)原さんのお母さんのように終戦直後は幼い子供で、その後中国人と結婚させられ、生まれたハーフの子どもの子孫を加えると相当な数になりますね。

原)子どものときに亡くなった人もいるでしょうが、ほとんどが不幸な半生を送っています。他国で親もなく一人で生活しましたが、もらわれた先ではいじめを受けたり、ひどい扱いを受けるわけです。結婚しても「日本人」と蔑まれ、差別され奴隷と同じ生活しかできない。文化人の家庭に引き取られた子どもは多少ましだったかもしれませんが、ふつうの家庭の子は間違いなく悲惨な生活を強いられましたね。

山本)異国の地で望郷の念に駆られて日本へ帰りたい気持ちはさぞ強かったでしょうね。

原)残留孤児は、自分を日本人とは認めたがりません。常に公安がついてきて、怖い思いもし、母もあちこちを転々としました。1983年以降、日本政府が残留孤児の捜索を開始し、当初は皆拒否していましたが、日本政府から帰国を打診されたことで、ようやく会ったことのない親戚に会える、という気持ちが沸いてきたようです。

母は、6歳で終戦を迎え、日本語は全く話せません。戦後日本に帰国し、中国人の父も亡くなったいま、平凡な生活がいいと感じているようです。政府の援助で都営住宅に一人で暮らしていますが、昔のことは一切話したがりません。

山本)原さんはご自身が日本人とのハーフだと知っていましたか。

原)1984年頃知りました。子どものころ、周りが私のことを「小さな日本人」と言ったり噂しているのを「冗談じゃない、私は中国人だ!」と思っていました。

山本)原さん自身は日本人と中国人、どちらの性格が強いですか。

原)中国にいるときは「中国人じゃない」と言われ、日本にきたら「日本人じゃない」と言われています。私自身は、両方の性格を分かっていて、両方の一番強いものを持っていると思います。中国人みたいな極端な性格は嫌いですし、日本人のように弱いところは嫌いです。(笑)

中国は尖閣諸島だけでは満足しない

山本)ところで話は変わりますが、石原都知事が、尖閣諸島を東京都が購入すると発表して、日本では大きな問題になっていますが、中国はどのように考えているんでしょうか。中国は他国のものでも「わが国固有の領土」と主張し、「核心的利益」と言っています。しかも丹羽中国大使までが中国側を弁護する発言をしていて呆れるばかりです。最近は尖閣を「自分たちで守らないとアメリカは守ってくれない」と自覚する日本人が増えています。野田政権になって自衛隊の動きも活発になりつつあります。また集団的自衛権に対する法改正も検討されつつあります。

原)国際海洋法に則れば、尖閣はやはり日本の一部です。毛沢東の時代には、台湾、朝鮮半島も独立国と認めていました。いまの中国政府は自分が強くなったから、だれも主張していない場所なら見境なくわがままを言ってもいいと思い込んでいるのは覇権主義国家ならではの民族性の問題です。実は、中国はどこまでが自分たちのものなのか、自分たちでもはっきりと分からないので勝手に主張しています。これは孫文以前に中国国民に国家という意識がなかったからなんです。

山本)1978年以前の中国の地図では魚釣島(尖閣)は日本の領土として扱われています。中国が尖閣を主張し始めたのは石油が埋蔵されていることが分かってからなんですね。

これまで日本政府は尖閣に上陸することすら禁止しています。石原都知事は尖閣を埼玉県在住の所有者から東京都が買い取ったら、日本政府に買い取ってほしいと考えています。

原)ちょっとおかしいんじゃないですか。尖閣諸島を個人が持つのと東京都が持つのと、同じ日本人が持つのにどう違うのですか。領土としては日本のものに変わりはないでしょう。石原慎太郎氏は国際法や所有権を理解できていないのでしょうか。他に何か目的か特別の考えがありますか。

山本)一種の政治的なパフォーマンスだと見る向きもあります。彼らはナショナリズムを煽って次の選挙では石原新党が大勝する弾みにしたいと考えている節もあるようです。石原氏は次の衆院選が終わるまで国には売らないでしょう。(笑)

沖縄を巡って中米間で戦争が起こる!?

山本)尖閣諸島を周回する漁船には解放軍の元兵士が乗り込んでいると聞きます。日本も中国船の領海侵犯に備えて監視を強化し、自衛隊もどんな艦艇を派遣させるか、戦争になった場合のシミュレーションも検討されています。尖閣問題は日中の大きな火種になりますが。中国はどう考えているんでしょうか。

原)共産党政権の安定が続く限り、尖閣は単なる外交のパイに過ぎません。けれども政権が混乱すれば国民の愛国心を煽るテーマになる可能性があります。政権によって舵取りは変わりますが、両国の政府とも本当の戦争が起こることは望んでいませんから、しばらくは大きな動きは起こらないと思います。

山本)それは、どういう理由でそのように明確に断定できますか。

原)もし中国がほんとうに戦争をしたいのなら尖閣諸島だけでは意味がないからです。少なくても沖縄まで取らないと。尖閣だけでは小さすぎるんですよ。沖縄を取ろうとすれば、米中間での戦争が始まる。中国がそこまで考えていないわけはない。だから正式な戦争は日中間でしばらく起きないでしょう。

山本)万が一ぶつかる事態も想定されるとしたら、どうなりますか。

原)もし中国がそこまで踏み込んだら、必ず第三次世界戦争が起こりますから、できないでしょうね。

山本)もしそうなれば日本はもとより、欧米やアジアを始め、世界との関係が断絶し、中国経済は大破綻となります。中国人民の生活はおろか、共産党政権の崩壊になります。戦争になって中国が得することは何もないでしょう。

原)
その通りです。まだまだ日本から搾り取るものがたくさんあるので米中は競って日本から富や技術を収奪しようとしています。それまでアメリカが日本を守ってくれるでしょう。ですから余計な軍事費を使う必要はないじゃないですか。(笑)
20年後は中東を中心に国際構造が大きく変わります。国同士ではなく、宗教や文明を賭けた民族同士の闘いになる。第三次世界大戦になれば地球が危ない。

山本)
米国が日本を守ってくれると言いますが、日本が本気で尖閣を守ろうとしない限り、米軍は日本を守りません。お言葉を返すようですが、これまで、米国が日本を守るという神話は崩れつつあります。今や中国は軍事大国です。我が国を自分たちで守るために自衛隊が軍備増強をして闘う姿勢を見せない限り、日中間で安定を保つ方法はないんだと思っています。(次回に続く)

次回は7月26日(木)