木曜コラム

山本善心の週刊「木曜コラム」 今週のテーマ     原発稼働停止の是非論

5月6日、北海道電力泊原子力発電所3号機の停止を最後に、日本国内の全原発50機が運転を停止した。これでわが国電力の3割を供給してきた原子力発電が「ゼロ」となった。ある専門筋は人気取りのため突然浜岡原発に停止要請を出した或る政治家の行動が、全原発停止の引き金になった」と述べている。

つまり、原発不信の真犯人は当時内閣総理大臣である菅直人氏だとの声がかまびすしい。菅氏はかつて厚生大臣時代に薬害エイズ問題で官僚を怒鳴りつけ、隠された資料を提出させたことがある。この成功体験を首相の不人気払拭に用いたのが結局は間違いの元だというわけだ。国の代表責任者である首相が権力を笠に着て怒鳴り散らしたからと言って解決できる問題ではないというわけだ。

この問題は、原発事故を収拾させるための迅速で適切な処置を取らなかったことで悲惨な事態が相次いだ。2011年3月12日、菅氏はヘリコプターで空から現地を視察した。菅直人氏が最も尊敬する台湾の李登輝元総統は「一国のリーダーが悲惨な現場にも行かず、被災者に労いの言葉もかけない態度に失望した」と言わしめている。

原発事故は国を守る意志、資格のないリーダーが引き起こした悲劇だ

5月28日、菅直人前首相の参考人聴取が国会の
東京電力福島事故調査委員会で行われた。菅氏は当時、福島の原発事故の処理に対して、詭弁を弄したとしか思えない無責任な答弁を繰り返した。事故調査委員会でも論点整理で、事故当時菅氏が東電に過度に介入して逆に混乱を招いたと断じている。

さらに首相官邸の初動の遅れが住民避難の混乱拡大を招いたと結論づけた。今後菅氏らの責任追及が厳しくなり、混乱責任は官邸にありと断じる気配が濃厚だ。

政治、行政、風評被害に翻弄された福島県民

今回の原発事故以後の政府の対応を見ても、被災地1km手前の道路では食料品を積んだトラックが行列のゲート前で足止めされていた。1km先の被災者は水や食料が不足していたにもかかわらずである。そこまで食料が来ているのに配達されないのはなぜか。ゲートの係員らは「上からの命令なので通せない」と繰り返すばかりであった。

これらの経緯は福島県の被災地の関係者なら皆知っており、不審に思うことであった。政府は福島県民に5km、10km、30kmと地域を特定して避難するように促した。指定距離圏内の住民たちは政府の発表に不安を掻き立てられ、圏外へと避難。現在、福島県内から7千人の住民が避難している。彼らは「風評被害」に振り回された被害者であり、今後の落ち着き先をどこにするか、政府は1日も早く候補地や移転時期など明確にして支援策を講ずるべきではなかろうか。野田政権はやるやると口先ばかりで何も進まないことにやっと気付いてきたようだ。

政治の使命は、本来、国家の平和と安全、国民の生命と財産を守ることである。その政治の責任者らが原子力発電所の「水素爆発」を引き起こす事故を誘引し、原子炉建屋にいた多くの東電系企業の社員や関係者に被害を及ぼしたとされる罪は重い。彼らは白血病になる放射線量を浴びせられたかもしれず、今後の後遺症が心配だ。政治は何より人命を最優先させるべきだが、これらの恐るべき事態を放置、隠蔽した官邸や関係者らの責任を追及すべきだとの声は、今後一層の高まりを見せよう。

「このように菅氏らが自らの判断でリーダーシップを取ろうとしたスタンドプレーが不幸を招いた」との論調が多い。彼らは官僚機構をはじめ東京電力の関係者や科学者、専門家らを使いこなせないばかりか、「奇怪な行動をとり、福島県民を苦しめたのである」と手厳しい。つまり、彼らがなぜ、このような行動を取ったのか。その狙いはどこにあるのか。

菅氏は若き市民活動家の時代から、日本の歴史や伝統、国旗・国歌、天皇制に至るまで我が国の歴史や伝統を否定し続けてきた政治運動家であった。国家を守り、国民を守る意志を持たない“リーダーの存在”が被災者らに多大な被害をもたらしたという意見と疑惑が広がりを見せつつある。「国家の歴史と伝統を否定し続けた人間が一国の首相となったことがわが国民の悲劇だ」との意見には説得力がある。

福島は大丈夫だ

果たしてこの東日本大震災による健康被害はどのくらいなのか。1986年、旧ソ連邦ウクライナ共和国のチェルノブイリで起こった放射能物質の量に比べて福島事故はその7%前後の軽いものと見られている。

専門家らは福島県民による甲状腺量は3ミリから最大でも8ミリシーベルトとの検査結果が報告された。これはチェルノブイリと比較して1千分の1から1万分の1以下という驚くべき低い数字だ。福島県民が自宅に戻っても何の支障もない数値である。しかし、避難基準となる政府試算では年20ミリシーベルト以上の地域が残るとされている。これでは、約7千人の避難民は20年後も帰れない。チェルノブイリでは原子炉内の核が爆発して、関係者ら約25人が急性放射能障害で急死した。それ以後、核による死亡者の数は隠蔽されていてわからない。福島の被害はこれとは比較にならないほど少ないものである。

筆者の知人に今年75歳を超える広島原爆の体験者がいる。彼の言を借りれば「福島は大丈夫ですよ」と言い、広島の比ではないという。彼は広島の原爆投下後、2㎞圏内に家族と被災地で十数年暮らした。彼の両親らは放射能汚染は通り過ぎたと思っていた。焼け跡に戻ってきた住民らは今も元気な人が多いと聞いている。

すべての負担を国民や企業に押し付ける民主党政権

関西電力大飯原発の再稼働に反対した橋下徹大阪市長は、一転して再稼働を容認するとした。これは夏の電力不足への懸念と経済に与える影響からである。橋下氏は再稼働に慎重であるのは安全基準の確認だという。しかし、これにはあと、2、3年はかかる見通しだ。

しかし、現実問題として、日本から原子力発電所がなくなれば日本経済はさらなる不況が一気に加速しよう。家庭や企業は節電を求められ、しかも一方的に電気料金が値上げされた。原子力発電に関する技術や安全問題は社会生活の根幹に関わる問題である。今後安全基準を確認したものから再稼働させることが良いのではないか。

今回の大震災による事故処理の失敗は被災地の再建もままならず放置されたままのがれきの山だ。一体いつになったら政府が動き出すのか。今ではあきらめ顔で無表情な被災者の心情に胸が痛む。

一方、福島第一原発の総賠償額は約5兆円近くになる見込みだ。さらに原発停止による油、天然ガスの大量購入で国は膨大な赤字を抱えるなど深刻な事態を招いている。わが国は原油・天然ガスの99.9%を輸入に頼っている。もし、原発全面停止となれば、供給国から足元を見られて、高い燃料費を払い、火力による大量のガス排出など、このままでは環境汚染では世界基準を順守できないとの見方もある。

「原発ゼロ」とは極端過ぎる

しかし、日本国内の全原発50基が運転停止して「原発ゼロ」とは、あまりに片寄りすぎてはいまいか。なぜ、これほどまでに徹底的に原発を止めないといけないのか。地震も津波も自然現象であり、今後はさらに防護壁を強固にするとか、建屋とか重要な個所は潜水艦構造にして浸水させないなど、安全対策工事が必要だ。中部電力では最大21メートルの津波に耐久できる津波安全防護策を経産省原子力安全保安院に報告している。

筆者は原発停止には当初から反対であった。日本の原子力研究は世界では高い水準にあり、たとえば軽水炉の耐震性は、強固な格納容器がしっかりガードされているなど完璧な技術力が進行中だ。

福島第一原発事故の大津波は全く想像を超えたものであった。これをよき教訓として、今後はそれ以上に強固な原子力発電所を作ればよいのだ。現在の状況では「原発反対」は政治勢力のスローガンであるが非現実的だ。これまで彼らは「非核三原則」「非武装中立」を掲げてきたが、これも非現実的との世論が主流になってきた。

グローバル化で勝ち抜くには原発再開は不可避だ

政治は力であり、グローバル化とは力と力の激突に他ならない。日本がグローバル化に勝ち抜くにはエネルギーと技術力が必要不可欠である。かつての戦争では、このエネルギーの供給不足で劣勢な戦争を強いられた。わが国が経済大国として今後も発展を維持していくためには原発再開と技術力の向上は避けて通れない国益だ。エネルギーは日本経済の基盤である。

資源小国であるわが国の全原発停止はエネルギーの不足を招き、日本経済の息の根を止める行為に他ならない。改めて原発の地震・津波対策と技術的な欠陥を是正し、安全性の確保のうえで原子力発電再開が問われよう。世界は次世代原子炉開発に向けた安全確認と再開発が急がれている。わが国も安全な原発開発で安定したエネルギーの供給を再度構築すべきではなかろうか。

次回は6月21日(木)