木曜コラム

 山本善心の週刊「木曜コラム」 今週のテーマ     明日の日本人を考える   ~ 黛敏郎氏との対談再録(下)1988年8月24日

山本)これまで日本が国際化すると言われて久しいのですが、それに対する我々の自己意識とか、時局の認識を高めるには行政の指導とマス・メディアの責任が大きいと思っています。これからやってくる時代に対して国民はどのように立ち向かい、気にかけたり感知するにはたくさんの情報が必要です。これまで、わが民族は村社会に生きる農耕型民族として、独自の伝統文化や習慣と共存できる社会生活を形成してきました。それゆえ、我々はどこへ行っても日本人であり、突然国際人にはなりにくいわけです。

黛)
とは言っても国際化とは一つの村社会から社会の単位が世界的な規模に広がるということですから、「意識全般」を変えることが求められます。まず世界的な構成原理の「原則」に適応することが求められるでしょう。ところが世界を意識したり協調する前にまず、日本人とは何であるかを忘れてはいけませんね。

山本)人間の体に例えますと、人体を支えているのが背骨ですから、背景がしっかりしていないと全体が崩れてくるわけです。しかし戦後わが国では、背骨のない若者が大量生産されましたね。歴史を否定する反日教育や社会主義至上体制の影響が大きいと思います。

黛)残念ながら我が国の伝統文化、民族性というものがずたずたに解体されていますね。確か明治23年には帝国憲法が制定され、同38年には日露戦争に勝っています。しかも大東亜戦争で世界最強の米国と38の連合国と戦ってきたわけです。こんな島国がですよ。日本の富国強兵策と日本人精神は米国に次いで世界最強であったわけです。敗戦後、経済至上主義になっても米国に次ぐ経済大国になっています。日本民族は誇り高き伝統と高度な文化を持つ世界に冠たる優秀な民族なんですよ。

山本)わが民族は永い歴史の中で、日本人としての伝統・文化・家族社会を形成してきたわけです。それを否定する人たちはわが民族を消滅させることが目的じゃないですか。彼らの影響でこの先数十年日本は後遺症に苦しみますね。

黛)彼らの目的は日本人の過去を全面否定することです。彼らの日本人を否定する発言や論理に対して、断固反対の意見を述べる勇気ある人が必要になります。これは戦後、歴史の真相を新聞やテレビが取り上げてくれないので、一般国民は偏向した歴史認識に洗脳されるしかないんですよ。しかし賢明な日本人ですから何十年か先にはこの間違いに気付いて修正してくれることを願っています。

日本の繁栄を支えた天皇中心の大家族主義と和魂洋才

黛)日本経済繁栄の根源は、先人たちから受け継いだ伝統・文化・民族性から受け継いだ技術と知恵の結晶にあることを認識すべきです。とくに、会社が単なる営利団体ではなく、社会性があり、社員との家族意識があって、会社のためには水火も辞せずという感覚が継承されていますね。

山本)それが、やがて天皇のため、日本のためという大家族主義になる。これがいざという時に強い日本の核となっていますね。

黛)そう。アメリカ流の合理主義だと業績さえ上げればよい。それが、結局、ジリ貧になって、アメリカ経済はやがて破綻するかもしれません。日本的な経営が良いと脚光を浴びていますが、日本企業は二千年来の国民性に根差した日本的な経営風土があるわけですね。国際化というのは、独自性や個性という基盤がないと、ただ新しい技術、方法論を取り入れても、結局、根なし草になってしまうんです。日本人としての国民性をタテ糸に、国際社会とのつながりをヨコ糸にして、客観的な目で判断しなければいけないと思うわけです。その点、米国で開発された技術を日本で加工し、世界に還元しました。たとえば、家電、自動車を始め日本が世界で成功したのは経済の分野で日本文化や伝統が商品づくりに貢献したんですよ。

山本)戦後日本経済が発展できたのは先人たちの知恵が大きいわけですね。一方、日本国家の原型である家族的企業経営も天皇の存在に端を発しているところがあると思っています。ところが天皇の存在をあいまいにすれば、天皇に否定的な政治的発言も出てくるわけです。将来は天皇の存在を揺るがす問題も出てくるでしょうか。

黛)天皇制がなぜ二千年もの長きにわたって続いてきたかというと、日本は単一民族であって、この地政学的な特徴が大きな理由だと思うんです。それは、日本人の祖先を辿ると、よくわかります。たとえば、一人の人間が存在するためには両親がいます。その両親を生むためには…と等比級数的に先祖の数は増えていくでしょう。二十五代前まで遡ると先祖の数は3355万4432人! これが日本の歴史区分で足利時代の日本の総人口は一千万人足らずで、勘定が合わない。それは先祖がお互いだぶっているからです。山本代表と私の先祖も、何代か前にはきっとダブっている。これが日本民族ですね。だから、天皇家がご本家であるというのは、まったくその通りです。
ところが、今まではそれでよかったのだけど、これからはそうはいかない。国際間の交流が盛んになって、この考え方で天皇を身近に感じるという時代は、あと五十年か百年経てばおそらくなくなるという見方もあります。将来、日本の天皇制はどうなるのか、天皇制がぐらついてきたときに、日本の国家そのものがどうなるかを真剣に考えるべきだと思うんです。

山本)これまでの歴史を振り返って、天皇は権威を持つ存在であり、天皇以外の独裁的な権力を持つ政権が成立したときも、天皇制そのものを完全に無くすことはできなかったんですが、いまや社会主義勢力の最終目的は天皇制打倒ですからね。

黛)これから先は、わかりませんね。戦後の憲法と、日教組の新教育から生まれてきた人たちが社会の中枢を占めることになりますからね。この意味は天皇制を全否定する人々が権力を握ったときは恐いと思います。

国際性が音楽家の価値判断の基準に

山本)話は変わりますが、黛先生の専門分野の質問です。これからの音楽家や文化人は異文化との交流が必要だと言います。例えば、わが国の音楽家が国際的に通用するにはどうしたらいいのですか。

黛)「音楽」というのは、ご承知のように、国際的な言語ですから、ある特定の民族や国だけで通用する音楽家というのは、もう、よほど特殊な例は別にして、大音楽家たりえないですね。今は一種のエスノミュージックの全盛時代でもあるけれども、各民族固有の音楽というものに対して非常に関心が高まっていて、インドやアフリカなど、どこの音楽でも聴けるようになってきています。だからエスノ音楽の大家は、一民族だけじゃなくて、世界的な尊敬を勝ち得ることになるわけです。たとえば、昔は、インド音楽は特別な音楽だと思われていたんですが、今は欧米人たちが、その良さを自分たちの音楽の肥やしにしている。ビートルズもそうでしたし、そういう意識は世界的に高まってきています。つまり、国際性が、音楽家の価値判断の基準になってきているからです。

山本)考えてみれば、今日私たちが接している商品や文化も外国からの輸入が目立ちます。実は、私の着ているこのスーツは英国製の生地を韓国で仕立てたものを日本人が着用しています。このように日常生活そのものが国際化されていますが、音楽文化も国際交流と異文化の導入なしでは成り立たないというわけです。

国際化社会で自分を定める拠り所は国民性と民族性にあり

黛)その通りで、私たちは既に国際化の中を生きている。その中で自分たちの存在感とか価値観をどこに置くかというと、結局、国民性とか民族性の強さをアピールするしかないんですよ。それがなかったら、どこの国の人間だかわからなくなって、根なし草になってしまいます。ですから、国際化時代には日本の歴史や伝統・文化に対する知識や意見がなければバカにされるでしょう。

山本)国際化と共に、日本人らしく生きるための目覚め方をしていくのが根のある個性ということになりますね。“私は日本人なんだ”という誇りと自信を持たないと海外に進出しても尊敬を得られず、相手に見透かされて裸になって帰ってくるだけです(笑)。

黛)例えば平安王朝の貴族たちは、今から見ると、たいへん非文明的な生活をしていましたよね。食事だって貧しいし、着ているものだって、着たきりだから汚いものです。つまり、一千年前の貴族の生活が、今の生活レベルの最低クラス以下なんです。文明の進歩は恐るべしですが、文明が進歩すれば、文化が進歩するかというと、そうではない。当時の源氏物語や枕草子を見ても、文化はたいへん高かったわけです。そして、文明の高い現在に、その文化を凌駕するものが生まれているかというと…。まあ、我々はその分、文明生活を謳歌しているわけですから、贅沢はいえませんけどね。しかし、その文明生活に目を奪われて、根本である文化を見失ってはいけないのと同じですね。

山本)同感ですね。日本が国際化すると共に、自信と誇りのある歴史と大和魂が根になって、企業であれ音楽であれ、お互いが世界の価値観を対等に共有できる関係になるべきですね。これには政治や行政がしっかりコントロールしてくれないと他国の圧力に押し潰されていくような不安があります。本日は“明日の日本を考える”と題して、日本人の国際化をテーマにたくさんの良きお話を伺うことができました。

次回は6月14日(木)