山本善心の週刊「木曜コラム」  今週のテーマ     「一つの中国」という虚構

2011年05月26日

台湾の次期総統選の候補者は与党国民党から馬英九主席(60)が選ばれ、対抗馬は野党民進党の蔡英文主席(54)に決まった。来年一月の総統選は再選を目指す馬総統と政権奪還に挑む蔡主席との一騎打ちだ。この台湾総統選は台湾民族の命運を決する選挙になるとの危機意識が台湾国民に芽生えつつある。

馬総統の在任中、中国との経済促進と融合政策により中台の距離間は大幅に短縮された。台湾経済が好況を呈しているのは、中国寄りの経済政策によるものだ。しかし、台湾人にはそれに伴うツケが否応なしに台湾側に押し寄せてくるとの警戒感もある。

馬氏は4月27日の記者会見で「わが党の政策は正しく支持されている」と述べた。一方、蔡英文氏は「馬総統の政策は中国一辺倒であり、他の主要国との経済交流も強めるべきだ」と強調。経済的には一定の評価もある馬氏に対し、蔡氏がそれに代わる具体的かつ実質的な経済政策が打ち出せるか否かが問われよう。

うわべだけの親日ポーズをとる反日政治家

台湾人の大勢は馬政権は中国の傀儡政権だとの不信がある。これまでの馬政治は本質的に中国ペースであり、中国一辺倒だ。それに加えて台湾を自らの政治的野望のために利用しているとの思いが見え隠れする。

馬総統が過激な反日家であることはあまり知られていない。2001年8月19日、台北市庁舎で民主党議員27名を前にして日本は過去の戦争犯罪を反省せよ、小泉の靖国参拝はやめるべきだと中国人以上の激しい反日演説をぶち上げた。

その馬氏が植民地時代に活躍した日本人土木技師・八田与一氏の慰霊祭に出席した。八田与一氏は植民地時代、東洋一の烏山頭ダムを建設し、それまで干ばつに苦しんでいた台湾南部に豊かな一大穀倉地帯をつくり、台湾の近代化に貢献した人物で、いまも多くの台湾人に尊敬されている。さらに、馬氏は八田与一氏の記念公園開園式に出席して「私は反日ではなく、友日である」と発言し、親日ポーズをアピールして見せた。

親日姿勢は票目当てのパフォーマンスだ

馬氏は日本の台湾植民地時代を否定し、戦前の歴史観を悪と断罪してきたが、台湾人の大勢は反日的政治家を嫌い、反日発言は票を減らすことがわかっているので、心にもない親日ポーズを取らざるを得ない。これは日本重視をアピールするため八田与一を利用したもので、総統選を有利に進めるためとの魂胆がありありだ。

しかも、馬氏の「一つの中国」とは台湾国民党が中国共産党を吸収することが前提である。しかし蒋介石時代ならいざ知らず、現在では非現実的だ。馬氏にとって台湾は仮寝の宿であり、自らの政治思想や政治運動の拠点と考えているにすぎない。

5月4日、朝日新聞のインタビューで馬氏は日台経済交流について、「経済協力でさらなる制度化をはかることができればいい」と述べている。確か前回の選挙前も同じ発言を聞いた記憶がよみがえる。

「一つの中国」は米中間の交渉カード

総統選の焦点は台湾をめぐる「一つの中国」論に対する解釈である。中国政府は台湾を中国領土であるといい、米国も「一つの中国」を容認してきたが、台湾人は「現状維持」が大勢だ。米中がいくら「一つの中国」と言っても、肝心要の台湾人が反対ならどうしようもない。かつて李登輝元総統が中台は「国と国との関係」と表明して以来、台湾はどこにも所属していない。

筆者はこれまで米国の台湾政策にも問題があると考えてきた。1972年、リチャード・ニクソン大統領とヘンリー・キッシンジャー顧問がソ連の膨張主義に頭が痛い。加えて国内経済の低迷とベトナム戦争の成り行きが思わしくなく、ソ連を牽制する強力な味方として中国を陣営に引き入れるしかなかった。キッシンジャーは、米国の安全と国益を確保するため、「一つの中国」をカードに使い、中国に譲歩したのである。

米国が「一つの中国」に譲歩して以来、“台湾は中国固有の領土である”と中国の主張が一人歩きしたのは周知のとおりである。キッシンジャーによる「一つの中国」論は長期にわたり台湾人民を苦しめてきた。

台湾関係法は米台軍事同盟だ

1975年4月には蒋介石、翌年9月は毛沢東が他界した。1979年、ジミー・カーター大統領はスビグニュー・プレジンスキー顧問を使って、再び「一つの中国」問題を取り上げ、台湾を取引材料にした。これも米国が中国と組んでソ連に圧力をかける政策だった。そして同年、カーター政権が「一つの中国」を承認することで、米国は台湾と断交した。蒋介石は「大陸反功」を掲げ、台湾人らに中華民国が正当な中国政府であると主張して独裁体制を維持したが、以来台湾は「大陸反功」の幕を閉じた。

米国は時期を同じくして「米台相互防衛条約」の廃棄を台湾に通告した。しかし、米国議会で台湾の安全を守るため、「台湾関係法」がつくられた。ここが米国のしたたかなところであり、台湾の危機に際して空母が台湾海峡に出動した。李登輝氏は当時の様子について民主化と自由選挙を犯す中国の暴走を米国は断じて許さなかったと言う。中国はすでに超大国となり、台湾は民主主義国家となって実質的には異質な「二つの国家」が現実的に存在していた。

虚構とフィクションの砦「一つの中国」

1988年、蒋介石の後継者・蒋経国が他界し、副総統であった李登輝氏が総統に就任した。李登輝氏は台湾の民主化を決断し、1999年中台の「二国論」を唱え、「国と国の関係」を表明した。以来、「一つの中国」という虚構、フィクションが少しずつ溶解しつつある。

米国が容認する「一つの中国」とは、中国の主張に対して中国の考えを尊重するという外交用語である。しかし、米国の「一つの中国」は台湾を吸収することに米国が容認したとの誤解と錯覚を与えた。中国人の大勢が“台湾は中国固有の領土”と信じ込むなど異常事態を招いたのは米国の責に負うところだ。

米中間が台湾を国益のカードに使ってきたが「一つの中国」というフィクションが大きな壁になったのが台湾の民主化だ。李登輝政権は12年間で独裁政治体制を解体し、民主化を確立する。台湾は今年で21年目を迎えるが、台湾は独立した主権国家であり、民主主義国家として誰もが犯すことができない強固な存在に成長した。

台湾政策に失敗した米国

中国の主張する「一つの中国」論は台湾が中国の一部として服従せよ、中国の意のままに従いなさいというものだ。米国もこれまで中国の意向に同調してきたが、最近では台湾に根付きつつある民主主義を守ることに舵を切り始めた。台湾の自由と民主主義は中国の独裁政権とは基本的且つ根元的に相入れない異質の関係だ。

米国は今後尖閣諸島や南シナ海など同盟国の領土問題には毅然とした態度を示すべきではないか。アジアの民主主義国家は米国の抑止力に期待している。わが国も米国の庇護があればこそ、政治的、経済的に米国の国益に貢献してきたといえよう。台湾の命運は台湾人が決めるものであり、その意味でも次の総統選はこれまでにない重要な意味を持つものといえよう。

台湾の未来は日米韓の未来だ

馬氏の本音は「一つの中国」であり、台湾中華民国が大陸の領土を奪還して国民党が中国を統一すると述べてきた。中国は台湾を一つの地域と考えているが馬総統も台湾は全中国領土の一地域と発言し、台湾人民の意志とは違っている。台湾を国家として認めていない人物が台湾のリーダーにふさわしいのか、それは台湾人の良識ある選択に期待するしかない。

中台とは1949年中国内戦によって中国共産党と国民党が二つの国家に分裂したものだ。それゆえ、中台は「国と国の関係」であるはずだったが、蒋介石は台湾に居座る大義名分として「一つの中国」「大陸反功」を掲げたのである。台湾はすでに主権独立国家として存在しており、世界との政治、経済分野で重要な位置と存在が確立されている。

このところ、台湾経済は好景気に渦巻いているが、これは馬政権の対中経済政策の影響が大きい。次は中台政治会談を中国側が求めている。台湾国民は中国の狙いをよく理解している。台湾世論調査で蔡英文民進党候補が一歩リードしているのは、台湾人らの危機意識の表れに他ならない。台湾は東アジアの自由と民主主義を守る砦であり、台湾の未来は日本の未来でもある。

次回は6月2日(木)です。