主張

安重根は英雄か?

  BSの番組で、日韓併合を阻止するため、韓国の独立を唱えた韓国の安重根が、韓国では大悪人の伊藤博文を殺すなどして大活躍したという番組が行われていた。これはまったくの勘違いである。 では、なぜ日韓併合に到ったかについてだが、日本は江戸末期からロシアの脅威があった。そのロシアが朝鮮を虎視眈々と狙っていた。 明治34年ロシアはアムール川を越えてアジアに進出した。しかし、日本の独立を守るためには朝鮮の安定という位置関係が非常に重要であった。そこで、起きた戦争が、日中・日露戦争である。朝鮮の安全は日本の安全ということだった。  そこで、山県有明と桂内閣は韓国問題に関し、「朝鮮がそのまま放置されたならば、朝鮮はかならず無思慮に他国と協定又は条約を締結する習癖を繰り返すこととなり、かくして、戦前に存在した国際的紛争を再現することになろう」と、「日韓合併論」を唱える考え方だった。しかし、日韓合併にいちばん反対していたのが伊藤博文というのも皮肉なものだ。 明治40年7月29日、日本人倶楽部に新聞記者を招き伊藤博文は大要このように話した。「朝鮮がややもすれば日本は朝鮮固有の独立を奪うかのごとく誤解するのは笑止の至り」であると、さらに「朝鮮と合併すべしとの論あるも合併の必要はなし、合併はかえって厄介を増すばかりなり。何の効なし」と話した。 その伊藤博文についてだが、韓国人にとってはいちばんの大悪人であり、日韓合併を行った張本人になっている。 その大悪人である伊藤博文がはじめて朝鮮に行ったとき「こんな貧しい国だとは思わなかった。こんな国を植民地にしたら、日本にとって足手まといになってしまう。中国がそうしたように日本も宗主国の立場をとったほうがいい。外交権は日本が握り、内政は韓国にまかせよう、つまり保護国のままでいい」という考え方だった。 その伊藤博文を殺した安重根は韓国では偉大な英雄だ。たしかに安重根は東洋平和論という立派な考え方をもっていた人物だが、殺す相手を間違えたということだ。 伊藤博文が安重根に殺されたとき、犯人が韓国の人だと知り、「馬鹿な奴だ」と一言残して亡くなった。おそらく「自分が生きていれば、朝鮮にとって、うまくことがはずんでいたであろうに」という意味だったと思われる。 そして、1年後の1910年日韓合併となった。もし伊藤博文を殺さなければ、もうすこしマイルドな政策になっていたに違いなかろう。