主張

愚かな岡田外相の謝罪発言 

 岡田克也外相は11日、ソウルの韓国外交通商省で、日韓併合条約締結から百年目を迎えた今年の日韓関係や北朝鮮問題などをめぐり柳明桓(ユ・ミョンファン)外交通商相と会談した。会談後の共同記者会見で、岡田外相は日韓併合について「韓国の人々が国を奪われ、民族の誇りを深く傷つけられた出来事だった」と見解を述べ、被害者の痛みを忘れずに未来志向の友好関係を築く考えを明らかにした。岡田外相は「私は日本人であることを誇りに思う。それゆえに国を奪われた人々の気持ちが理解できる」と説明。「併合された側、痛みを覚える被害者の気持ちを決して忘れてはいけない」と表明した。
しかし、この岡田外相の歴史的見解は、日本の国民とその歴史に対する侮辱であり、裏切りとはいえないだろうか。歴史に
不勉強な政治家が、“なんという愚かな発言をするのか”と先人たちは墓場の隅で無念の思いであろう。
最近は韓国側から歴史的な謝罪と反省の要求がなくなってきたと喜んでいたのに、外相自らが謝罪を蒸し返すとは、なんとも残念としか言いようがない。李明博大統領になってお互いに過去の歴史はこれ以上触れないのが暗黙の了解でなかったのか。
ともあれ、私から言わせれば、日韓併合前の韓国の支配エリートたちに責任があったのは言うまでもない。当時は西欧列強による植民地争奪時代であり、自らの国を守るという意識すら持たない韓国の支配エリートたちに危機認識の甘さがあった。彼らは国内で権力争いに明けくれ、政治的独立性をおろそかにしたものであり、宗主国である中国の保護と恩恵に安住していたからだ。日本の安全保障上最も重要な位置を占めていた朝鮮半島が日本の植民地になった。日本からすれば、朝鮮半島がどこかの西欧列強に植民地化されることは、わが国の自衛のために絶対に譲れない地域であった。これが日韓併合にいたった経緯であり、当時の韓国が余りにも弱体であった所以である。
人類の歴史というものは、現在の視点で物事を見るのではなく、当時の国際情勢や政治力学のなかで、どうであったかを考えるべきではなかろうか。岡田外相の言う国際的謝罪は、その当時の状況を全く無視したものである。岡田外相は人権とか平和という現代の視点から過去の歴史を解釈したもので、これでは過去のすべてを否定せざるを得まい。そうなると、大陸文化支配の時代から西洋勢力優位の時代に変わっておこった歴史のすべても等しく否定せざるを得なくなる。
少なくとも外交交渉という公式の場でかつての戦争を謝罪するなんてことは世界の外交史上聞いたことがない。岡田外相の発言は先人に対する侮辱であり、これはわが国の政治家が質的レベルの低下と不見識の至りを問われる問題に他ならない。